「ぐるっとくん」を「下宿公民館西」で下車すると、右手に大寺の山門が見えてくる。浄土宗の名刹(めいさつ)で、県指定天然記念物「モクコク」のある寺としても知られる馬蹄寺(ばていじ)である。
入り口には左右に大きな石造の地蔵尊があり、まず参詣者の気持ちを引き締めてくれるが、その傍らに「徳本(とくほん)」と刻し、花押(かおう)まで印(しる)した供養塔が目につくことになる。この辺りの寺院では余り見かけない石造物であるが、これは「徳本六字名号(みょうごう)供養塔」と称されるものである。「徳本」は紀州の人で念仏行者であるが、その平易な念仏信仰が各地で受け入れられたという。塔の下壇には「講中」と大書され、文化14(1817)年建立の文字もあるので、当時の平方村周辺で講が結成されていたことになる(『上尾市史』第9巻)。
山門をくぐり、「モクコク」を右手に見て本堂に進むことになるが、古刹といわれるごとく、広い境内を擁している。開山(かいさん)は、川越の名刹連馨寺(れんけいじ)と同じ感誉上人といわれ、天文(てんぶん)年中(1532から55)に再興されたと寺伝に記されている。この感誉上人は、当時後北条氏の配下で川越城将であった大道寺氏の甥であり、各地で多くの寺院を建立しているが、平方村にも寓居(ぐうきょ)し浄土の道場を開いたといわれる。これが馬蹄寺であるが、道場が開かれる以前から寺院が所在しているので、寺の創始は大変古いことになる(『新編武蔵風土記稿』)。
それにしても、馬蹄寺という寺名も大変珍しいものである。この寺名は、昔この辺りに住んでいた吾妻左衛門という人が、伯父の三輪庄司の菩提を弔うために「馬蹄庵」と号した草庵を建立するが、この名から付けられたという。この草庵では馬蹄観音を安んじているので、後に感誉上人が道場を開き寺院を再興してからも、馬を飼う近在の多くの人々から信仰されることになる(前掲書)。
同寺は江戸時代に将軍から15石の朱印状を受けているが、本尊は阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)で寺内にはほかにも多くの仏像が安置されている。いずれも江戸時代の作であるが、中には江戸初期の作とみられる木造阿弥陀如来と脇侍(きょうじ)像もある。古いものでは、正応元(1288)年銘の阿弥陀一尊種子(しゅじ)の石造物がある。モクコクの下には、市指定文化財の鈴木荘丹(そうたん)俳諧歌碑もあり、ほかにも境内の石造仏など見るべきものの多い寺院である(『上尾市史』第9巻)。
馬蹄寺の境内。右手前が県指定天然記念物の「モクコク」